沖縄

帰りの沖縄滞在時間は4時間ほど。

 

なんと

以前食べた小禄(おろく)のイオン近くのそば屋は

今日は休みだ(泣)

 

 

すごい勢いでグーグルマップ調べたら

なんと

名護の我部祖河食堂が

那覇にもできてる!しかも複数!

以前(といっても相当前)は

名護に3〜4店舗しかなかったが

いまではコザとかにもあるらしい。

 

ソーキそば、

うまかった。

 

でも名護で昔食ったほうが

うまかった気がするのは

思い出が美しすぎるからか。


バンコク

定点観測、ではないけど

バスを待っていたら暑いので

チャオプラヤーエクスプレスに変更。

今回は大人なのでシーロム通りに泊まっていたから

川もBTSもバスも便利だった。

 

運賃15バーツ

 

 

時間があったので

バングランプー(カオサン通り)

に行ってみた。

 

 

午後2時とか。

夜の街とは言え

人少ない。

ここでは日本人らしき旅行者は

見かけなかった。

アジア人旅行者や

タイ人若者もいない。

 

いるのは不良なファラン(白人)と

ヒッピーっぽいやつら。

なんかメディテーションとか

スピリチャルなのが好きそうな

坊主頭のノーブラ白人女性がいた。

 

歩道や車道がキレイ整備された?

しかもゴミも少ない、

でもよそ見してたらゲロ踏んだ(泣)

 

あ、そうだ、道路や歩道を占領していた

出店や屋台が無い!

夜になったら分からないけれど。。

 

一本北側の通りが

とってもオシャレなカフェとかあって

雰囲気がよかった。

昔はネット屋とかあった通りね。

 

あと寺裏、だっけ、

一時期そっちが流行っちゃって

宿は高いは混んでるは、

だったけど、いまはすごく廃れて

静かに泊まれそうだった。

 

寺裏に行くときに

勝手に通り抜けていた

ムエタイのリングは

無くなっており

近道は通れなくなっていた。

 

 

 

定点観測?

街角のフルーツ屋。

パパイヤとか数回食べたけど

いつも20バーツだった。

あれ、10バーツだったのって大昔?


バンコク

定点観測

トゥクトゥクは健在

ていうか、相変わらずかなりたくさん走っている。

ファランが夜遊びに行くとき、

タイ人がタクシーに乗せられないもの(?)を

運びたいときに使用。

 

 

今回の旅のメイン

メークロン市場。

 

バンコクにあると思っていたら

けっこう離れたところにある。

 

 

 

この線路を列車が通る!

 

 

列車はキレイに塗られていました。

 

 


しかし今回の旅では(も)
日中は歩きまくっていて
夕方帰ってきてまずビール。


すると
夜は暑くて
もう外に出たくありません。


パッポンとかタニヤとか
歩いて行ける距離だったのに
どうなったか見に行きたかったのに。
夕食も近くのレストランで済ませたよ。

 

あ、ビールと言えば
セブンイレブンに行ったら
アルコールの販売が
午後5時まで禁止されていた。


がーん


時間はまだ4時
ファミリーマートに行っても同じ。
スーパーマーケットも同じ。

 

部屋に戻れば
冷蔵庫に冷えたビールが入っていて

有料セルフバーとして
すぐ飲めるのだが


高い。

 

 

ここはひとつガマンで
街をもうひと歩き。
5時、ホテル近くのセブンに戻る。
まだブラインドが降りている
店員さんに言って開けてもらい
そっこー買って帰る。


勢い余って350缶を3種類3本買ってしまった。
けっこう飲むの大変。

1缶30-35バーツ、約100円。

ちなみにホテルだと3倍、レストランだと4倍

(でも何度か飲んだけど)

 

暑いからビールがうまい。

わざわざタイに行くのは

このためであったと

思い出した。


バンコク

バンコクは最高気温35℃でした。

12月はいちおうもっと涼しかった気が。。。

 

定点観測

運河ボート

まだありました!

 

 

まだあるどころか、

セントラル(伊勢丹)のそばに

ターミナルを整備して

さらに使いやすくなっていた!

料金は10バーツ、相変わらず安いっ。

 

 

食事はもう大人なので

エアコンの効いたお店で

冷えたビールといただきました。

 

 

そいや今回は屋台でいちども食べなかったな。


那覇

11月に具合を悪くして台湾に行けなかったが

再びセールで那覇→バンコクのチケットを

往復15000円ほどでゲット。

東京→那覇のチケットは…セールは無かったので

往復15000円ほど。

行きは成田昼発→那覇午後着→夜発→バンコク夜中着。

 

あとでまとめる予定だが、

ダイジェスト版で。。。

 

 

那覇は、12月というのに27℃で蒸し暑い。

さすがにこれは、沖縄と言えど暑すぎらしい。

ちなみに今日は那覇マラソンだったらしい。

でも日暮れどきになって涼しい風が吹いてきた。

 

 

ときたまにわか雨のぱらつく天気だった。

12月の沖縄って観光客いるの?

と思いつつ国際通りへ行くと

近隣アジア諸国の方々の他に

修学旅行生がいっぱい!

 

そうか、

泳げない季節でも

沖縄は戦争遺跡とか

学習に重点を置いてやってくるわけだ。

 

沖縄も観光客の落ち込む冬には

こうしてしのいでいるんだと知った。

 

 

りうぼうの前にクリスマスツリーがあったが

寒風吹きすさぶ中じゃないといまいち。

タオルを手に通過した。

 


残念、病に倒れ台湾キャンセル。

10月の終わり〜11月始めに格安で手に入れた航空券(前述)で

3泊で台湾南部に行くはずだったのだが、

直前に肺炎マイコプラズマに感染してしまい、

38℃台の発熱と咳が出たので

台湾行きは断念した。

 

仕事も前日までにピシッと全部片付いたのだが

はからずも旅行日程の期間はほぼ家で寝込んでいました。。。

 

 


続・パスポート

旅行のことを書くとキリが無い

 

ちなみにLCCができて

本当に旅行が低コストでできるようになった

 

主に平日に限られるが

 

自営業で良かった。

 

 

ビザについて

 

 

左はカンボジアのビザ

右はベトナムのビザ

2002年に

タイから陸路でカンボジアを通って

ベトナムに行ったときのもの

たしかこのときはどちらの国も

国境でビザが取れるようになったばかりの頃だった

 

ベトナムは3回行っているが、

コレより前に行ったときは

東京だとかバンコクだとかで

ベトナム大使館に出向いて

事前にビザを取る必要があった。

しかも取得できる期間により

ノーマルとかファーストとか

スーパーファーストとかあって

料金が何倍も違った

一番高いのは数万円で翌日発給、

一番安いのは2週間とかかかってたんじゃないか

 

しかも取得の際に

入国する地点と出国する地点を

あらかじめきちんと決めておかないとならず

それを変更するにはまた

時間と費用がかかり、

むりやり違う地点から出国しようとした人が

ワイロを要求されたりとか・・・。

 

なんか社会主義の国を自由旅行するのって

たいへん。。。と思った。

(ビザ発給が外貨獲得の重要な手段だったとも言えよう)

ロシアはいまだにこんなカンジのようですが。

 

 

それが2002年ごろ、

(費用はかかるが)

国境でその場でビザが取れるようになったのは

画期的なことだった。

 

ところが、

いちばん直近の2008年には

 

 

タイやインドネシア、マレーシアなど

他の東南アジア諸国同様、

到着した空港の入国審査時に

日本人にはビザをくれるようになった。

費用もかからない。

ASEANか。

 

ただし

イギリス人とか、おもにヨーロッパの人は

到着時に別窓口でビザ取得の手続きをしてたな。

たぶん有料で。。(定かで無いが)

 

ビザは、時代とともに変わる

 

かつて、

インドのデリーでイランのビザを取ろうとしたら

ラマダン明けだとかで大使館が1週間休むから

取得は2週間後になるとか言われ

インドに疲れていた私は

これ以上インドに滞在するのが苦痛で

イランに行くのをあきらめたことがある。

 

かつてイラン人がたくさん日本に来て

いろいろ悪さをしていた頃は

イランと日本は蜜月時代で、

おたがいビザが無くても行き来できたらしい。

しかし今(当時)はイランにとっては

日本は他の諸外国と同じ扱いで

きちんと大使館でビザを取る必要があるのだ。

 

中国だっていまだに

日中関係が悪くなると

いままで取れていたビザ(就労ビザとか就学ビザ)が

急に取れなくなったり時間がかかったり。

(また急に国境を閉めたりすることも)

 

まあいまは通常の観光ビザであれば

入国時にくれるけどね。

これも昔は大使館だったんじゃないかしら。

そのかわり中国人も日本入国時にビザは要らない

だからたくさん来ているわけで。

 

ある意味旅をするということは

否が応でも日本人であることを意識させられる。

 

でも日本のパスポートは

他の国のそれよりずっと使える。

 

かつて旅先で会ったイスラエル人が

俺たちは(有名リゾートの)バリ島には行けない、

と言っていた。

 

それは

バリ島のあるインドネシアが

イスラム教国だから。

 

逆に我々でも

イスラエルの入国スタンプがパスポートにあると

イスラム教国には入れないことがあるから

入国の際に別な用紙にスタンプを押してもらう、

と聞いたことがあるけど、いまはどうなんだろ

 

他にも

トルコが不法占拠している

トルコ側キプロスに入ると

ギリシア(本国)に入れてもらえないとか

何人はどうとか何国はどうとか

いろいろある

 

だが

比較的日本人(日本パスポート所持者)はどの国でも

イミグレで他のどの国よりもスムーズに通してもらえる

(だから偽造パスポートが多いとも言える)

 

日本と国交の無い北朝鮮とかはいざ知らずですが。

日本人はあまり敵を作らないから

時に弱腰外交に見えるけど

これはよかった

 

いじょう

 


パスポート

例のごとく

LCCのバーゲンで

台湾・高雄の往復を

1万5千円ほどでゲットした。

 

ふと

パスポートを確認すると

10年の期限が切れている。

 

近くの市役所で取ってきた。

かつてはパスポートセンターなる場所に

電車で行かねばならなかったのに、

いまでは近くの市役所で取れる。

しかも一人の職員がつきっきりで

必要な全項目を指示してくれたので

言われるまま書いていたら

なんと10分ほどで申請の手続きが

終わってしまった。

 

1週間後に引取へ。

ここでも時間はかからなかった。

パスポートセンターでは

申請、引取とも半日仕事(移動含む)だったことを思うと

やはり行政も効率化しているな、と感心。

 

そしておもむろに

かつて使用していた

いまでは無効となって穴の空いたパスポートを

しばし眺めてみる。

 

 

パスポートは今回で5冊目。

はじめの2冊は5年有効。

なかでもハタチで初めて取得したやつは

浅野某が「パスポートサイズ!」と

コマーシャルしていたソニーハンディカムの

サイズの元祖パスポート。

 

最近の3冊は10年有効で見た目も似ている。

ちなみに

 

 

直近の2冊はICが真ん中に挟まっていて

硬くなっている

そして最新のモノは

ページの綴じ方が

本のようになっている。

 

 

中身をしみじみ眺めてみる。

 

個人的に珍しい、人に自慢できるものは

 

 

帰国『ISHIGAKI』

 

 

これは台湾→沖縄の定期航路があった時代、

台湾の基隆から石垣を経由して帰国した際のもの。

 

いまは定期航路は無いけど

台湾の観光客が大型客船で石垣に

たくさん訪れているらしい。

 

でもそれじゃ『帰国』じゃないけどね。

入国『石垣』だけどね。

 

 

出国『IZUHARA』

 

 

これは対馬の厳原(いずはら)から

韓国の釜山へフェリーで行ったときのもの。

対馬にたくさんいた韓国人旅行者は

これが押されているかも。

でも日本人はほとんど持ってないはず。

ホントは博多(福岡)から直接対馬に行けるのだが

オレはわざわざ対馬を経由して行ったのだ。

 

 

帰国『OSAKA』

 

 

ちなみにいま水没している関空だと

帰国『KANSAI』になる。

あるのか分からんが

伊丹空港で帰国すると

これと同じものが押されるのか?

 

まあ今は関空水没で

代替として

伊丹を臨時で利用する案が

あるらしい

でもこれは上海から大阪港に

フェリーで帰国したときのもの。

上海→大阪のフェリーは

商品を山のように仕入れた

大阪商人たちが多数乗っていた。

 

 

まああとは

いまとなっては珍しくも無い

 

出国『HANEDA』

帰国『HANEDA』

 

 

これはこのパスポートには

やたら押されている。

成田よりも多い。

 

この時代は

国際→成田

国内→羽田

と厳密に分けられていた。

 

ただ

台湾の航空会社は

大陸の航空会社と分けるためとかで

成田ではなく

羽田を利用していた。

 

当時の羽田の国際線ターミナルは

超超小さいやつで

まだ成田が無いときの

東京国際空港そのままの姿

国内線ターミナルから

歩いて10数分の所にあった。

 

ちなみに成田はいつのまにか

新東京国際空港ではなく

成田国際空港になっている。

税関の管轄も

東京税関から

千葉税関に変わっている(はず)

 

さてこのとき私は

バンコク発→台北→羽田往復の

中華航空の1年オープンのチケットを

連続して使用していた。

そのほうが

14日FIXとかの

アジア系航空会社より使い勝手がよく

(価格は少し高い)

オープンなので帰りの便、

すなわち日本→タイの便の

予約をしなくても買えたので

いちど全く予約もせず

羽田に行って空席待ちで

そのまま乗っていったこともあったなあ。

 

そしてバンコクへ行く(帰る)たびに

HISバンコク支店でまた同じチケットを買っていた。

毎年バンコクへ行っては周辺の国

(カンボジア、ベトナム、ラオス、ミャンマーなど)

に行ってたもんだ。

バンコクを拠点にすると

各国大使館のビザも取りやすく

また空路だけで無く

国境までタイ国内はバスで移動し

陸路で国境を越えて隣国へ行くのは

安くて快適な手段だったな。

タイの地方都市も見られるし。

いまだったら・・・

長時間のバス移動はつらいから

LCCに乗っちゃうかな。

 

だんだん中華航空のチケットが値上がりし、

また台湾の人が海外旅行に多数でかけるようになり

チケットの予約が取りにくくなったので

この方式は、やめた。

 

 

帰国『NAHA』

 

 

沖縄在住の人には普通だけど、

関東のオレにとっては

わざわざ那覇で帰国して

その後国内線で帰ってくるという

なんともムダな行程

 

このときは乗り換え時間に

那覇に住んでいるイトコと

ソーキソバを食って

沖縄滞在3時間くらいで帰ってきたな。

 

ところで昔はこういうのあったよな。

 

 

 

出国の時にイミグレでカードに手書きで

なにやら書いて、帰国時用のカードを

常にパスポートに挟んだまま海外をめぐり

帰国時にそのカードを切り取ってもらう。

これはその残骸。

 

いまはこれも無くなったよね。

出国時に何も書かなくてよくなって楽。

 

続く、、、かも。


続・カブト

うう、

前回の記述から

すでに1ヶ月が経ってしまった・・・

 

その後、バナナトラップという方法により

さらに数匹のカブトをゲット!

 

 

オスは、1匹。

 

前々から

「ここにはいそうだなあ」と思っていた

車で5分くらいの場所で

ゲットした。

こいつはたたかいで失ったか、

カラスにやられたのか、

ツノの先端が折れている。

 

ちなみにここではオスメス2匹をゲット。

その他、今回自分で探した場所でメス2匹。

合計オス1匹メス4匹。(もらったメス2を含む)

 

しかし、もらったメスは

少し動きが弱いカンジがしたので

オスと3日くらい飼ったあと、

逃がしてやった。

どこかで卵を産んでいることを祈る。

 

そして残りのオス1メス2を飼っていたのだが、

涼しくなった最近、メス2が死んでしまった。

いまはオス1だけ、夜になるとまだ元気に活動している。

 

秋になったら幼虫産まれるかな。。。

 


カブト!カブト!

子どもがカブトをもらってきたのだが、

既に弱っていて、

まもなくオスだけ死んでしまった。

 

メスだけいてもなあ…

 

ということで、

カブト探しの旅へ。

 

ちなみに家のまわりには

カブトムシの木(クヌギ・コナラ)

は見当たらない。

 

ネット情報を駆使し、また自分の記憶(経験)を頼りに

足(クルマ)を使って探し回ったところ、

数カ所クヌギがある場所を発見。

 

そして

 

 

イター!!

 

 

しかし、今日はメスしかいなかった。

 

リベンジは近日中に。。。

もう既にピークは過ぎてるんだけどね。


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